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〇エゴマ油との出会い (故)村上周平は今から8年前(1997年)食用油が不安で満ちたの輸入油であることに驚き、昔から食べてきたジュウネン(エゴマ)を油として搾ればよいのではないかと考えました。 1997年6月のことです。この2ヶ月後の8月14日〜18日に村上周平は韓国へ農民交流に訪れ、農村教会牧師 オム テイソン(厳泰成)氏の村である韓国忠清道堤川市松鶴面(村)が食用油100%(エゴマ80%ゴマ20%)自給の村であることを知りました。 早速オム テイソン牧師の案内で人口15万都市堤川市の搾油所(36カ所)の内の1カ所を訪ね、6キロのエゴマを持参し搾ってもらい1キロのエゴマから300ccの油が搾油できることを確認しました。 このエゴマ(ジュウネン)を搾ればよいと思った2ヶ月後、韓国一のエゴマ油自給の村に出会い、村上周平は驚きと喜びの大きな感動を覚え、搾油機一式を購入したのです。 〇『日本エゴマ会』名称の由来 1998年5月16日、村上周平は中山の自宅に搾油所を開き、 中山集会所で第1回のエゴマ研究会「じゅうねんを作って油を搾り食べて健康になる会」を開きました。 主な参加者は、船引町有機農業研究会会員10名その他滝根町の秋山豊寛氏(日本人初宇宙飛行士)や郡山や東京の消費者、日本有機農業研究会事務局よりなど50名。 当初、搾油するエゴマ種子を日本の私たちはもっていませんでしたので搾油機と一緒に韓国のエゴマ種子(韓国黒種)300kgを輸入して搾りました。そして、その黄金色の薫り高い油をみんなでおいしく食べました。 また船引町には白エゴマ(ジュウネン)があり、1kgの白ジュウネンから300cc (280g) の油が搾れましたが、田村黒種(脂肪含有47.6%)を地元の美山というところで発見し、その原種をみんなで分けて作ろうときめました。 この時、「じゅうねんを作って油を搾り食べて健康になる会」という名称が長いので「エゴマの会」でよいのではないかと、秋山さんから提案がありました。 戦後すぐのころ福島県は日本一のエゴマの生産と消費地であり、また、搾油機は韓国より輸入し、韓国の食用油の利用法を学んで始まった会なのだから、『国際的であるとともに日本で初めてのこと』として、『日本エゴマの会』と正式に命名されました。 |
〇日本エゴマの会の主な軌跡
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