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2004年(平成16年)5月15日
(故)村上周平 日本エゴマの会会長 |
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こうした小農自給農業の最盛期、今から70年前の中山・横道にはたくさんの子供がおり、中山小学校の私の6年生クラス(昭和10年、1935年)には45人、全校で200人の児童がいました。しかし2003年4月時に一年生から六年生までの全校児童は47人(全盛期に四分の一)に減り廃校となりました。なぜ子供が減少したのか?それは200世帯ある中山・横道の家族に子供を育てる若い夫婦が減少したからです。 |
戦後日本の政治は小農自給農業を軽んじて、工業都市国家となり、商工の輸出入を盛んにしていわゆる国際都市国家となり、安い農産物が輸入され小農自給農業の農産物が競争に負けた結果、この山村の自給生活農業の経済が崩壊し、若い跡取り(後継者)が都市の他産業に転出し、子供が激減し中山小学校が廃校となったのであります。 しかし、このような商工業経済成長を重視する国つくりが永久に発展するのでありましょうか?そうは思いません。何事も始めがあれば必ず終わりが来ます。 |
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